ダンス、演劇、音楽劇などのパフォーミングアーツが好きな私(編集部・立花)が掲げた問は、「私はアートで救われるのか」。「私は何者なのか」という不安や焦燥感、そして「何を言ってもどうにもならない」という社会のぼんやりとした諦めと閉塞感から脱するために、アートが今できることや、アートが必要な意味について、学びます。
東海道線の電車に乗っていると東静岡駅が近づくにつれ、静岡県コンベンションアーツセンター(通称グランシップ)が見えてきます。
この建物の先端部分に、日本初の公立文化事業集団「SPAC – 静岡県舞台芸術センター」は拠点を構えています。
演劇専用の劇場や稽古場を持ち、俳優や裏方、制作スタッフまで一箇所で活動しているのは、じつは日本ではここだけ。
「私はアートで救われるのか」。私(編集部・立花)が、その問を追いかけるうち生まれた、どんなふうにアートがつくられ、ひとの手に渡るのかという新たな疑問。そのひとつの答えが、「SPAC – 静岡県舞台芸術センター」にはありました。
SPAC – 静岡県舞台芸術センターとは
公益財団法人静岡県舞台芸術センターは、通称SPAC(スパック)と呼ばれます。今回のこの記事では、SPACの愛称で統一したいと思います。
SPACは、1997年に初代芸術総監督である演出家の鈴木忠志さんのもとで誕生しました。その後、様々な演劇作品をつくり、海外からの招聘を受けるなど話題を集め、2007年には宮城聰さんが二代目芸術総監督に就任しました。
毎年、4月~5月のゴールデンウィークの時期には「ふじのくに⇄せかい演劇祭」という国際演劇祭を開催し、SPACの新作をはじめ、ヨーロッパやアジア各国の劇団やアーティストを招いて、公演を行っています。
また、10月になると「SPAC秋→春のシーズン」として3月までの長期間、SPACの演劇作品を楽しむことができます。
SPACは、静岡芸術劇場とそこから車で10分ほど離れた舞台芸術公園(以下、芸術公園)にも拠点を持っています。そこにも、俳優たちの稽古場、創作・技術部スタッフが作業する衣裳部屋や大道具の創作・保管ができる場所が揃っています。芸術劇場と芸術公園で、SPACの創作のための設備をすべて網羅しているのです。
芸術公園には、海外から作品を招聘した際などにアーティストたちが滞在できる宿泊施設も整っています。
SPACは、こうした潤沢な設備と広々と使える土地、そして人材が揃っているからこそ成り立つ事業だと言えそうです。
SPACは日本初の公立文化事業団
既に何度か言及していますが、SPACの大きな特徴は、日本で初めての公立文化事業団という点です。簡単に言うと主に税金を使って、劇団の運営・企画・公演費をまかなっています。日本の演劇界では、劇団が公演ごとにチケットを売って収益を得たり、企業が出資してプロデュースや後援としてついて、作品をつくるというのが一般的です。前者の方法では経営が苦しい劇団も多く、役者や裏方たちはアルバイトをしながらなんとか演劇をやっていく、という現状も少なくありません。
若手の俳優の育成から中高生向けの事業展開まで、静岡を拠点に積極的に演劇の世界を広げているSPAC。ヨーロッパではむしろ公立の文化事業として演劇を行うのは一般的ですが、その仕組みを日本で運用するには、かなりの試行錯誤と葛藤、そして壁があるように感じます。
画期的でもあるけれど、だからこそ大変なこともあるはず。私は、SPACの活動を調べるうちに沸いてきたいくつかの疑問を、思い切って芸術総監督の宮城さんにぶつけてみることにしました。
公共事業にすることで表現の自由に制約は生まれますか?
── SPACは、公共が行う芸術事業ですよね。税金を使って演劇をやるうえで表現に制約は生じるのか、とても気になりました。
宮城 聰(以下、宮城) 生じると思いますね。
── 公共事業としてやる上での良い点と、悪い点をおうかがいしたいです。
宮城 まず、良い点で言うと、いろいろなジャンルの作品をつくることができるという点です。
これは、公共か公共じゃないかというよりは、首都圏かそうでないかという違いかもしれないけれど、東京には劇場がたくさんあって、どの劇場がどういうテイストの作品をやっているか、既にだいたい分かれています。誰もが安心して笑えるような演劇をやる劇場と、観るとひとによっては生理的拒否感を覚えるような演劇もやる劇場とか(笑)、それぞれ傾向があるんです。
── たしかになんとなく「あの劇場はいつも不条理な演劇をやっているな」などという、各劇場に対するイメージはあります。
宮城 「観たら気分が落ち込むかも」とか「思い切り笑わせて欲しい」とか、ある程度作品の性質が分かった上で観に行きます。東京では、その劇団なり演出家の表現を見たいと思っているひとしか観に来ない傾向があるんですね。明確な傾向や作品の色を決めていないと差別化できませんし、誰も観に来てくれないからです。
── 埋もれてしまうんですね。
宮城 でもSPACは、静岡でたった1つの演劇専用劇場です。だから、県内で本格的な演劇を観たいひとは、ここに来ます。その演劇を観たいひとというのは東京の劇場と違って、いろいろな作品を期待している方々です。コメディを観たいひともいれば、シリアスな演劇を観たいひともいる。我々は幅の広い多様なお客さんが来るということを前提に、作品をつくらなければなりません。これは本来の公立劇場の性質であり、いい意味での制約だと考えています。なぜかというと、作品をつくる側にとっては、お客さんが多様ということは表現を工夫しなければならないため技術や思考を広げてくれることを意味するからです。
年配の女性だけがウケる演劇もできなくちゃいけないし、子どもたちが楽しめる表現もできなければならない。表現者にとっては難しい宿題ですが、振り幅が広い分、とても勉強になります。
── 得意分野だけに特化するわけにはいかないということですね。
宮城 はい。一方、SPACは税金を使ってやっている事業ですから、「どうして税金を使ってこんなものをやっているんだ」と言うひとがいるのではないかということは、常に念頭においていなければなりません。
腹がよじれるほど笑える作品をやっても、必ず笑えないひとがいるように、僕らのやっていることを100人中100人全員が賛成して受け入れてもらえるわけではない。そのことを忘れてはいけないと思っています。
── そうですね。
宮城 論争が起こるような作品をやっても、それが地域にとってプラスになる場合もあります。論争が起こるような問題をあぶり出すことに価値があるかもしれない。でも、そうではない可能性もある。たとえば、なんとなく50%のひとが「この公演をやるのは反対だ」という場合、取りやめたほうがいいのか、それとも演劇をやるべきなのかは考え続けなければなりません。そうしないと、自主規制をしてばかりでどんどん縮こまってしまいます。
── 見極めどころが難しそうです。
宮城 「税金を使ってやるなら、商業的なフレームではできないような賛否両論を呼ぶような演劇をやるべきだ」というところまでは、コンセンサスは得られていません。世界にはそういう公共劇場もあるけれど、現時点の日本では観客からの批判が出ないものをやってほしいという要請が強い傾向があります。反対意見が出ないものをやってほしいという、気分のようなものと言ったらいいかな。
── その演目のバランスは、どんなふうにとっているんでしょうか。
宮城 世の中の動きや、各国で行われている演目を見ながら割合を決めます。日本には、あまり参考になる例がない中で、演目をやるにはどういう包み紙(見せ方)をすればいいかを考えるんです。例えば、かなりチャレンジングな、ちょっと過激なものがあるシーズンは誰もが知っている取っ付きやすい演目も盛り込んだり。
誰からも批判されないような演劇は、何も言っていないということになりかねません。あってもなくてもいいような演劇をやるなら、やらないほうがいいと僕は思う。
── SPACのような運営方法や仕組みは、ほかの地域では取り入れられないのでしょうか? SPACが立ち上がった1997年から未だに公立文化事業団がここだけというのは、なんとなくもったいない気がします。
宮城 各地域の行政の考え方や予算の規模が関わってくるので、まったく同じようにはできないけれど、以前よりは少し似た感じの劇場は増えてきたように感じます。長野県の松本にあるまつもと市民芸術館や新潟市民芸術文化会館りゅーとぴあ、それから専属の劇団がいるわけではないけれど、演出家・俳優である白井晃さんが芸術監督を務めている神奈川芸術劇場など……仲間が過ごしずつ増えてきました。それは大きな変化だと思います。これからも試行錯誤しながらですが、作品として良質なものを届けていきたいと思っています。
表現の自由への責任と葛藤
現在、SPACでは「SPAC 秋→春のシーズン 2016 – 2017」を開催しており、今まさに宮城さんが演出されたシェイクスピア作品を上演中。1月〜2月は新作「シェイクスピアの『冬物語』」、そして2月~3月には再演を重ねるヒット作『真夏の夜の夢』が続きます。
SPACでは、「秋→春シーズン」で上演するSPACの舞台を2〜3年観ていると、自然と世界の演劇のことがわかるようなプログラムを組んでいます。(こういう劇場は日本中で静岡にしかありません!)日本演劇の古典的名作と、現代の傑作。そして海外演劇の古典的名作と現代の傑作。これを観ることで「世界の中の日本」と「歴史の中の現在(いま)」がわかるプログラムです。(宮城聰さんのコメントより引用)
演劇やアートの本を読んだり、業界の方々の話をうかがったりしていると、中には「苦労は味わえるだけ味わい、それも演技の糧にしろ」という風潮もあるように感じます。そういう意味でいうと、SPACはある意味「守られている環境」に見えるかもしれません。
ですが、どんな環境であれ、ひとに何かを届ける、表現するというのは苦労や痛みが伴うものです。それでも、伝えたいひと、受け取りたいひとがいる限り、SPACのチャレンジは続きます。
表現の自由と、そのギリギリへの挑戦がこれからも続き、やがて日本全体に広がっていきますように。
SPAC – 静岡県舞台芸術センターについて
SPAC – 静岡県舞台芸術センター(Shizuoka Performing Arts Center)
住所:静岡市駿河区池田79-4
電話番号:054-203-5730
公式サイトはこちら
これからの暮らしを考えるために【ぼくらの学び】特集、はじめます。
くいしんの学び
- 【妖怪を学ぶ#1】『山怪』田中康弘が語る、目に見えない“怪”の世界
- 【妖怪を学ぶ#2】「妖怪」の根本にあるのは人間の死への恐れ?|『山怪』田中康弘
- 【妖怪を学ぶ#3】東京都調布市「鬼太郎茶屋」でゲゲゲの世界の妖怪に出会う
- 【妖怪を学ぶ#4】東日本大震災から5年半。畑中章宏が語るシャルル・フレジェ『YOKAI NO SHIMA』『シン・ゴジラ』ポケモンGOのつながり
- 【妖怪を学ぶ#5】大妖怪展監修・安村敏信先生に聞く!「どうして今、妖怪がブームなんですか?」
- 【妖怪を学ぶ#6】「これからの暮らし」と「妖怪」のつながりって何?
- 【ジョブチェンジを学ぶ#0】3年以上同じ会社で働いたことがないふたり。編集長・伊佐とくいしんの転職話
- 「過去の自分から笑われるのは嫌だった」カツセマサヒコ、転職前の憂鬱【ジョブチェンジを学ぶ#1】
- 独学でデザイナーになんてなれるはずがない|ムラマツヒデキ【ジョブチェンジを学ぶ#2】
- Snapmart(スナップマート)代表・江藤美帆(えとみほ)さんの生きる喜びとは?【ジョブチェンジを学ぶ#3】
- 幸せの価値観は、ひとつじゃない。ロンブー淳さんがクラウド遺言サービス「itakoto」をプロデュースする理由【ジョブチェンジを学ぶ#4】
- 人生で一番欲しいもの。それは自然と一体化するプライベートサウナ【サウナをつくる】
- 妄想サウナ!「サウナイキタイ」チームの考えるカスタマイズ可能なプライベートサウナってどんなもの?【サウナをつくる】
タクロコマの学び
- 【ふたり暮らしに学ぶ #1】初めての同棲|家具の選び方やお金の管理、どうしていますか?
- 【ふたり暮らしに学ぶ #2】プロポーズ|同棲生活に「締切」は必要ですか?
- 【ふたり暮らしに学ぶ #3】いっしょに仕事する|パートナーと励めるライフワークのつくり方とは?
- 【写真が上手いひとに学ぶ #1】『広告』編集長/コピーライター尾形真理子「“なぜか愛せる”ところに気付ける視点を、わたし自身が持ちたい」
- 【写真が上手いひとに学ぶ #2】相手の心をひらくポートレート写真術|写真家・西山勲
- 【写真が上手いひとに学ぶ#3】写真家・浅田政志「みんなの中に生まれた笑顔を撮っているんです」
立花の学び
- 【子育てと仕事を学ぶ #1】藤岡聡子「いろんなことを手放すと、生死と向き合う勇気と覚悟がわいてきた」
- 【子育てと仕事を学ぶ#2】紫原明子「笑い飛ばして生きていこう。世界はきっと想像以上にやさしいから」
- 「絶対に譲れない4つのこと。私にしかできない方法で生きていく」サクちゃん【子育てと仕事を学ぶ#3】
- 自己中だった私が「この子のためなら死ねる」と思えた日|イラストレーター 横峰沙弥香【子育てと仕事を学ぶ#4】
- 【子育てと仕事を学ぶ#5】環境や制度のせいにせず、今できることを考えたい|ノオト編集者 田島里奈
- 【アートに学ぶ#1】誰も答えを知らないから、私たちは表現せずにはいられない|相馬千秋
- 【アートに学ぶ#2】これからは「多様性」という言葉すら時代遅れになる|F/Tディレクター市村作知雄
- 【アートに学ぶ#3】演劇で思い知るのは「分かり合えない」という孤独と希望|SPAC芸術総監督・宮城聰
- 【アートに学ぶ#4】日本初の公立文化事業団「SPAC - 静岡県舞台芸術センター」に聞く、表現の自由の限界と挑戦
- 【アートに学ぶ#5】“見て見ぬフリと見ているツモリ”になっていること、ない?|静岡から社会と芸術について考える合宿ワークショップvol.5 レポート
- 【アートに学ぶ#6】地域のアートプロジェクトを行う時に一番大事なことは?|ノマドプロダクション・橋本誠
- 演劇は“違う世界を見ている相手”に寄り添う知恵を与えてくれる|「老いと演劇」OiBokkeShi(オイボッケシ)菅原直樹【アートに学ぶ#7】
- 【アートに学ぶ#8】行動を起こせば、それがどこかの誰かを“すくう”かもしれない|アーツカウンシル東京PRディレクター 森隆一郎
- アートは生きる術(じゅつ)。あなたは何の“術”を使い、どう受け取る?|小澤慶介【アートに学ぶ#9】
- 他者を理解しようと紡ぎ出した“純度”の高い文章が、ひとを救うと信じたい|演劇ジャーナリスト・岩城京子【アートに学ぶ #10】
- 好きじゃない。見たくない。でもその世界で生きてゆかねばならないなら?劇団「範宙遊泳」山本卓卓【アートに学ぶ#11】
- 「自分のために自分でやる、言い訳がないひと」をアーティストと呼ぶだけ|MAD City 代表・寺井元一【アートに学ぶ #12】
- 「分かり合えなさ」があるから文化が生まれる。アリシヤ・ロガルスカさん 【アートに学ぶ #13】